「弘法筆を選ばず」ということわざがあります。たしかに達人ともなれば、どんな筆でもそれな りに上手に書けるのかもしれません。しかし弘法が達人になるまでの過程で使われた筆は、きっと良い筆だったのではないだろうかと、私は思うのです。

私は趣味でギターを弾きますが、初めて良い音のするギターを手にした時には、簡単には音が出ずにストレスを感じました。しかし使いこなしてくる と、それまで感じたことのない快適さを覚えます。ギターが、弾き手の中に眠っている何かを引き出して、勝手に良い音を出し、旋律を導いてくれる様な気がす るからです。私はその時、道具によって人の技術や感性が磨かれていることを感じました。

家と人の関係も、そのようなものではないかと私は考えています。家は生活をするための道具。人のためにしっかりと考えられた良い家を持つことは、人 を磨き、生活の達人に近づけます。

良い建物が集まって出来た町は、そこに住む人や利用する人たちを磨き、その結果、良い社会が出来る。良い道具を作ることは、良い社会を作ることなの だということです。そしてそれを実行することが、建築家としての私に与えられた使命なのだと思っています。

私が日本建築家協会に入会した理由は、そのようなことからでした。建築の価値を、正しい解釈を持って世間に広めることに貢献し、社会を良い環境に していきたい。その結果、経済的な価値観だけではなく、人のために良い価値観が浸透した世界になれば、それが理想の世界なのだという気がしています。

日本建築家協会発行 Bulletin2010年2月号掲載

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